乌云盖雪

乌云盖雪

看君终日常安卧,何事纷纷去又回?
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笛卡尔は言った、「私は考えるから存在する」と。一匹の犬は自分自身に言った、「自分の尿の匂いを嗅いだから、私は存在する」と。しかし、私は私の歴史でもなく、私の体でもなく、思考でも感情でもアイデンティティでもないので、私は定義できない存在です。したがって、ある意味では存在していますが、私は自分が誰なのかわかりません。

私は曲がりくねった流れのようで、自分がどのような形になるのかわかりません。私は「夜通し燃え続ける炎であり、初めの夜から明け方まで、同じ炎でも別の炎でもない」(『ブッダの啓示』より)ただ輝き変化する一瞬に過ぎません。私は見えないブラックホールのようで、周りを回転し飲み込まれる星々によって自分の存在を確認するしかありません。

私は過去にも未来にも存在せず、ただ現在に存在するだけです、時間の矢の先端に。

アマスの『自己の真実』第三章「私は誰?」を読んでの感想

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